私が鬱になった経緯(4)

仕事の駆け込み寺
それは私の30歳の誕生日だった。心療内科という未知の存在に休息を求めて入っていった。自分は精神が異常ではなく、逃げに来たという意識しかなかった。そして、医者が助けてくれなかったらどうしようかと不安に駆られていた。
中に入ると患者で溢れかえっていた。見た目で異常がわかる人もいたし、全く異常が感じられない人もいた。私は自分は正常で彼らとは別だと考えていた。私は病気ではない。逃げに来たんだと。そして、病気のふりをしなければならないんだと。
待合室で待つこと2時間。脳裏には仕事ばかりが気になっている。私がいなくなったプロジェクトは混沌となり、皆に迷惑をかけないかとか、逆に順調になるのではないかとか。ここのところ、まともに考える時間すらなかったため、病院の待合室で人間らしい思考を取り戻しつつあった。



一週間休暇獲得の交渉
待合室であれこれ考えていると、休みを一週間作るために、医者にどう話せばよいのかを考えたりもした。万が一俺のことを精神異常だと誤診されたら、とんでもないことになると。それだけは受け入れられない。
4時間ほど待って、やっと自分の名前が呼ばれた。中に入ると普通の応接室のような部屋に先生らしき白衣の男性がいた。彼の質問に淡々と答える。仕事であったこと。夜寝付けないこと。うなされること。出社するのが怖いこと。フラフラになっていること。食欲がないこと・・・
そして、ひとつだけ本音を言えないことがあった。それは「死のうと考えましたか?」というものだった。私は死んだら楽になると考えたことが何度もあった。しかし、そんな勇気もなかったし、弱い人間だから、死からも逃げたんだと自分を責めていた。ここまで自分が落ちぶれたんだ。だから、こんな情けない心は他人に知られたくない。更に、この問いにYESと答えると精神異常だと誤診される恐れがあるではないか。
一通り説明すると、先生からうつ病の話をされた。このとき、私はうつ病ではないのに、先生はうつ病だと勘違いしていると考えていた。うつ病と診断された場合、一週間休ませてもらえるのだろうかと考えていた。一週間の休みが必要との旨の診断書さえ書いてくれればそれでいいのだと。
話を一通り聞き、私は「仕事の状況を考えると、休めないのですが、せめて1週間だけでも休めるように診断書を書いていただけませんか」と話した。すると、医者から「1週間では絶対によくなりません。最低3ヶ月休んでください」と言われた。愕然とした。3ヶ月といえば、今のプロジェクトはカットオーバーを迎えているではないか。私の頭に入っている仕様などを正確に伝えなければ、メンバーが困るではないか。そんなこと許されるわけがない。
医者は「あなたはうつ病です。うつ病は恥ずかしいものではありません。今から正しく治療すれば治ります。休まないと治りません」と話した。
私はもうどうでもよくなってきた。プロジェクトが成功して自分の存在意義が無いと思われようと、プロジェクトが失敗して自分の責任にされようと、どうでもいい。会社をクビにされても仕方が無い。もうどうでもよい。
更に医者は薬を飲むように言った。冗談じゃない。私の正常な脳に薬で内部から強制的に変化を与える薬を飲めるものかと思った。それこそ自分でなくなるではないか。そんな不安があったため、医者に薬に対する不安を話した。
「副作用はありません。性格が変わったりすることもありません。あなたの気持ちを楽にする薬ですから」と医者。私はしぶしぶ服用することにした。でも、おかしな事になったら、飲むのをやめてやる!と考えていた。
処方されたのは抗うつ剤精神安定剤睡眠導入剤であった。